天上の華

#8 異世界

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張り詰めた気が、プチッと切れた音がした。

力の抜けた身体を引きずって、庭園の外に出る。

 

いつもの双子が待っていると思いきや、そこに居たのは、ガイエンだった。

 

 

「どうして―――…」

 

込み上げてくる涙が、視界を覆っていた。

ガイエンの姿が、滲んでよく見えない。

 

「王からの許可が、おりました」

「えっ……」

 

ガイエンの言葉が、頭に響いてこない。

何を言われているのか理解するだけの力が、今のあたしにはなかった。

グラッと身体が揺れて、思考が途切れた。

 

 

「―――目が覚めましたら、その時に」

 

ガイエンの言葉を頭の片隅に訊いたのを最後に、あたしは意識を手放した。

 

 

*****

 

 

あたしが目を覚ましたのは、1週間過ごした部屋だった。

上半身を起こして、部屋の中を見回すと、ベッドから少し離れたところに、双子が居た。

 

「目が覚めましたか?」

どちらかわからないが、片割れが微笑んだ。

 

「ライラック、ガイエン様を呼んできて」

「わかったわ、ジェイン」

 

それまで、頑なに最低限しか口を開かず、無表情であたしに対応していた双子たちが、生き生きと動いている。

 

まだ、夢の中なのかもしれない。

せっかく目が覚めたと思ったのに、それは勘違いだったのか。

 

―――もう一回、寝たほうがいいかな?

ベッドにもぐろうとすると、残った双子の片割れが、あたしに近づいてきた。

 

「ユーキ様、まだ、お辛いですか?」

 

そんな心配そうな声をかけてきて、どういうつもりかわからない。

 

「えっと……」

「ジェインです」

「あ、ジェインさん。どうして、あたしに話しかけるの?」

 

また、無視されるかもしれないと思ったあたしの問いに、ジェインが深々と頭を下げた。

 

「王の命令があったからです」

「はっ?」

「詳しいことは、ガイエン様にお訊きください。―――いらっしゃいました」

ジェインの視線に誘われるように、部屋の入り口を見た。

 

ちょうど、ガイエンが部屋の中に入ってくるところだった。

 

「目が覚めたようですね」

「はい」

 

ベッドからはい出そうとするのを、ガイエンが止めた。

「そのままで、結構です」

双子は表情を和らげたけれど、ガイエンはいまだに、厳しい表情であたしを見つめている。

「あなたは、王城に突然、現れた。国の中でも、城の中でも、一番警備のかたい王の部屋に」

ガイエンの言葉に、あたしは何とも答えられなかった。

これが、いわゆる異世界トリップというものならば、トリップ後の着地点をあたしが選択することはできない。

たまたま、王の自室だったとしても、あたしにはどうすることもできない。

 

「見たところ、間者にしてはずいぶん、軽装な姿で現れたものだと思いましたが……こちらとしても、警戒せざる得なかったのです」

「間者?」

 

「―――他国の暗殺者か、諜報員か、こういう言い方をすればわかりますか?」

 

あたしは一つ、頷いた。

通りで、国についた早々、兵にとらえられ、牢屋に入れられたはずだ。

 

あたしは、彼らに他国からの脅威として認識されていたのだ。

 

「一週間、様子を見させていただきましたが、仲間がやってくるわけでもない。何か、動きを見せるわけでもない」

「監視されていたのね」

 

少し離れたところで、控えている双子に、視線を送った。

彼女たちがあたしに付かず離れず、いたのは、あたしの監視役だったのだ。

 

「異世界、という概念はあるかとおっしゃいましたね」

 

ガイエンの眉間にしわが寄った。

見た目からして、彼は現実主義者のように見える。

異世界などと言うおとぎ話と笑ったように、彼に話してもあたしの話を信じてもらえる可能性は低いように思えた。

 

「―――あたしは、日本という国で生まれました。もし、それがこの世界にないならば、あたしはきっと異世界から来たのだと思います」

 

理解してもらおうとは思わない。

けれど、あたしの話を聞いてくれるのは、今のところガイエンしかいない。

彼が信じようが、信じまいが、話すしかなかった。

 

「異世界―――ですか」

「私の世界には、異世界にまつわる物語がたくさん、ありました」

「物語?」

「よくあるものは、異世界に召喚されて国を救ったり……」

 

あたしの言葉がしりすぼみになったのは、ガイエンの表情がそれまで以上に険しいものに変わったからだ。

 

「この世界は、長い間の戦争が続いています」

「戦争……」

「貴方はそれを止めることができると?」

「……いえ、そうじゃなくて!」

 

前の世界ですら、必要とされずに、捨てた命。

そんなあたしが、この世界で何かを救えるなんて偉そうなことはいえない。

 

「―――ただ、もし、何かをあたしに求めているなら、謝らなくちゃと思って……」

「謝る……ですか」

「きっと、人違いです。あたしは、何もできない。何も救うことなんてできないから」

 

掛け布団をギュッとつかんだ。

深く頭を下げたあたしに、突き刺さるような視線を感じた。

しばらくして、小さく息を吐くような音が聞こえた。

 

「貴方の言っていることは、理解できない」

「―――…」

 

「ですが、貴方もまた、混乱しているようだ。この国の、この世界のことを話して差し上げましょう」

 

 


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