天上の華

#7 自由

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ヴィレルは、また、会えると言ったけれども、一週間が過ぎようとしている今日も、彼に会うことはなかった。

 

毎日のように、あたしは庭に出たけれども、なかなか空も晴れない。

今日も朝方しばらくは、太陽が見えて、晴れていたのに、昼過ぎの時間にはすでにどんより曇り空へと変わっている。

 

あたしは草の上に寝転がると、空を見上げた。

 

毎日、毎日、やることもない。

あたしの部屋の周りには人の気配もなく、物音ひとつしない。

今のあたしの世界には、ジェインとライラックしか存在しない。

この双子も、あたしの問いには答えず、黙々とすべきことだけをして去ってしまう。

意味もなく、時間を過ごすことがどれほど苦痛かと初めて知った。

 

すべきことに溢れているときには、時間がほしいと、暇がほしいと、思うくせに、いざ、すべきことがなくなると、人は恐怖に駆られる。

 

誰かに必要とされなければ、人は生きられない。

誰の世界にも存在しない、今のあたしは、生きているとは言えない。

 

ザザッと草を踏むような音が、少し離れたところから聞こえた。

ヴィレルが来たのかと身体を起こして、振り返った。

 

「―――っ」

 

声にはならずに、息をのんだ。

 

ものの数分も顔を合わせていなかった相手とはいえ、あたしの記憶にしっかりと刻み込まれている男が、目の前に立っている。

 

金髪、碧眼、鋭利な瞳。

 

まさに王に相応しい風格の男が、あたしと数歩離れたところに立っている。

 

 

「おまえは、なぜ、そこにいる?」

 

ぞくっと、身体が震えた。

男の声は、あたしの芯に響く。

甘いドキンッと胸が高鳴る音ではない。

本能が彼を拒否し、あたしの心臓は死へのカウントを恐れるかのように早鐘を打っている。

 

「あたしは、散歩に……」

「一週間か」

 

王は、あたしの言葉など待っていなかったかのように、遮って呟いた。

何を考えているのか、王の瞳にはあたしすらも映っていないように見える。

 

「―――いっそのこと」

 

王がその数秒の間に、何を考えたのかわからなかった。

何かを呟いていたようにも思えたが、ハッキリと聞き取ることができなかった。

頭の回転が悪いあたしは、状況についていけず、頭が真っ白になった次の瞬間には、首筋に王の剣があてられていた。

 

スーッと剣が動くと、皮膚の断面に亀裂が入る。

 

焼けるような痛みが身体に響いたが、声は出せなかった。

 

 

逃げだすこともできない。

 

その場から一歩たりとも、動くことができなかった。

 

 

「なぜ―――…?」

 

睨みあいの末、やっと絞り出したのはその一言だけだった。

王の瞳が、かすかに揺れたように見えた。

シャッと風を切るような音がしたと思ったら、王があたしから剣を引いたところだった。

許されたのかと息をついた瞬間、視界が赤く染まった。

 

「キャァッ…………」

 

あたしの目の前で、王が剣を振り上げた。

風を切って、あたしの向かい襲いかかってくる剣に、先の未来を想像した。

殺される。

 

―――予感ではなく、確信だった。

一度は、決めた死をさらに、もう一度受け入れなくてはいけない。

 

だけど、これも運命なのかもしれない。

包丁で殺されかかり、次は、剣で殺される。

あたしの前世はよっぽど、悪人だったんだろうな。

 

「何をしている」

 

とっさに、目をつぶってうずくまっていたあたしの頭の上から声が降ってきた。

予想していた鈍い痛みが、いまだ、あたしに襲いかかってこない。

うっすらと開いた視界の先に、王が居た。

 

 

剣は―――なぜか、剣先を地面にむけていた。

 

「一週間、おまえと接触した者はいなかった。殺されかけた今も、おまえを助けに来る者はいない」

 

あたりまえだ。

あたしはこの世界に、知り合いなど一人もいない。

王が、何を話しているのか理解できない。

 

「間者かと思ったが……もう、いい。好きにしろ」

「好きに……?」

「城を出ていくなり、なんなり、好きにしろ」

 

王はあたしに向かって、わかりやすく言い直してくれた。

けれどもその言葉は、わかりやすく、そして残酷だった。

見知らぬ世界に落とされて、今もまだ、事情が呑み込めていない、あたしに「出ていけ」と言うのか。

 

混乱して、言葉も生まれない。

 

王は、あたしに背を向けた。

広い背中に、怒りが込み上げてくる。

 

その感情がやつあたりに近いものだとわかっている。しかし、感情をコントロールすることができなかった。

気がついた時には、あたしは王の背中に怒鳴りつけていた。

 

「あたしにどうしろっていうのよ!!本当に、何がどうなっているのかわからないの!右も左もわからないこの世界で、城を追い出されてどうやって生きてけっていうの!少しは、人の気持ちを考えてよ!!!」

 

溜まりに溜まっていた怒りを爆発させたあたしを、王はじっと見つめていた。

綺麗な唇をゆっくりと開く。

 

「―――それは俺に関係のある話か」

「はっ」

 

うっかり込み上げてきてた涙が、一瞬で引っ込んだ。

 

「それはおまえの事情であって、俺もこの国も何も関係ない」

 

王の瞳に冷たい氷の欠片が映っている。

 

「―――戯言を聞かせるな」

 

 


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