天上の華

#9 神話

BACK //  TOP //  NEXT




この世がまだ混とんの中にあり、形もなかったころ、五人の女神が世界に降りたった。

 

シンシア、ベロニカ、ソーリ、グロリア、そして―――ハラーナ・イロール。

 

シンシアは、知恵の女神。

ベロニカは、生死の女神。

ソーリは、豊穣の女神。

グロリアは、大地の女神。

 

ハラーナ・イロールは、空と調和の女神。

 

彼女たちは世界の創造神となり、大地を作り、知恵のあるものを産み、生と死を与えた。

 

彼女たちは大地を四つに割り、シンシアとベロニカ、ソーリ、グロリアが一つずつ国の守護についた。

 

ハラーナ・イロールはただ一人、国の守護にはつかず、四国の調和に努めた。

 

 

ある日、ハラーナ・イロールは人間に恋をした。

 

恋にのめり込んでいく彼女をみかねたシンシアたちは、ハラーナ・イロールを洞窟に閉じ込めてしまった。

 

人の寿命は神の瞬きにも等しい程に短い。

しばらくして、ハラーナ・イロールが愛した男は、彼女の気持ちを知らずに死んだ。

ハラーナ・イロールは四人の女神たちを恨み、憎しみのあまり、太陽を隠してしまった。

 

 

―――それが、現在の国の状況

 

 

ガイエンは椅子に腰かけ、膝の上で組んだ手に力を込めた。

 

「太陽を隠してしまったって、どういうこと?あくまで、それって神話でしょ?」

 

ガイエンはあたしの問いに、苦笑して、力なく首を振った。

 

「私も、これは神話であるとハッキリと言えます。しかし―――」

 

彼が言葉に詰まって、目を伏せた。

 

「年々、太陽が、大地から姿を消し始めているのは確かなのです」

「太陽が姿を消す……どういう意味?」

「この国はまだ、良いほうです。朝から昼前までの数時間、太陽が国を照らします。空の恵みによって、作物が育つ。もっとも、恵まれたソーリ国と比べれば及びませんが、自給自足できる国です」

「―――他の国は違うの?」

 

ガイエンが、厳しい面持ちで頷いた。

 

「四国の中で最も、厳しい状況に置かれているのは、ベロニカ国です。隣国ベロニカは、ほとんどの太陽の恵みを受けることがありません。厚い雲のベールに覆われて、日の日差しを浴びることが年に数回しかないと言われています。よって、気温が上がらず、作物も成長しづらい。万年、食糧不足に喘いでいる状況です。シンシア国は、ベロニカ国よりは多少、状況が良いですが、現在は我がグロリア国の融資を受けて存続している状況です」

 

「だから、戦争をしているってこと?」

 

「そうです。ベロニカ国は、グロリア国の大地が喉から手が出るほどに、望んでいる。数年来、我がグロリア国とベロニカ国は戦を続けています。年々にひどくなる日照時間の短さに、おそらく年内にはベロニカ国が大きな戦を仕掛けてくるだろうと言われています」

 

 

―――そんな、話。

 

あたしは息をグッと飲み込んだ。

聞かされてどうこうできる話じゃない。

 

こういう時、物語ならば、あたしが女神の使いか化身かなにかでグロリア国を救うことができるのだろう。

 

女神の声が聞こえたり、姿が見えたり。

でも、現実には、そんなことはあり得ない。

 

あたしには、太陽を呼びだす力もないし、戦を止めることもできない。

 

「どうですか?」

「えっ?」

 

考え込んでいたあたしの顔を、いつのまにかガイエンが覗きこむように見ていた。

 

「貴方が言ったのです。異世界から来た者が、世界を救うと」

「―――っ」

「貴方はこの事態を、解決する術を知っているのですか?」

 

ガイエンの目は、あたしに期待の欠片も映っていなかった。

見放したような、馬鹿にしたような、目であたしを冷たく見つめている。

 

「私には……何もできません」

 

ため息なのか、小さく息を吐き出すような音がした。

ガイエンがガタンッと音を立てて立ち上がる。

 

「国王陛下から、貴方の監視を解く許可が下りました。城下に降りたいのであれば、案内します」

 

あたしはパッとガイエンを見上げた。

この世界のことを何も知らない。

言葉は通じていていても、世界の常識も、働く手段もない。

今、放り出されても、あたしはこの世界で生きていくことはできない。

 

「―――この城に残していただくわけにはいきませんか?せめて、落ち着くまでの間……」

 

断られるだろうと思っていた。

先ほどあった金髪の男……国王だという男は、あたしを突き放した。

確かに、彼の言うことはもっともだ。

何もできない、術もないあたしを城に置いておく義理など、この国にはないのだから。

 

「わかりました」

「えっ……?」

「城に残りたいのでしょう。わかりました」

「―――いいの?」

 

あっさりとガイエンが、頷く。

あたしは茫然と彼を見上げていた。

 

「これも、縁、ということでしょう。このまま、貴方を放り出しても寝ざめが悪い。この部屋にこのまま、住むことを許可します。ですが、ジェインとライラックをそのまま、つけることはできませんが」

 

ガイエンが、チラッと、双子を見た。

 

「彼女たちはもともと、国王陛下の侍女です。元の仕事に戻っていただきます。もし、用があれば彼女たちを呼んでいただく分にはかまいません。国王陛下の世話の合間にはなるでしょうが、助けにはなります」

「―――いいの?」

「いい、と申されましても」

 

あまりにも簡単にのばされた救いの手に、しがみつきたくなる。

けれど、同時に恐怖を覚えた。

しがみついた手が、蜘蛛の糸にならないとは限らない。

 

 

「こうする以外に、どのような手があるのでしょうか」

 

ガイエンが、馬鹿にするように冷笑した。

 

 

―――早く、何かを探さなくては。

 

あたしの心が、叫んでいる。

ガイエンは底なしの優しさや思いやりを持って、あたしに接しているわけではない。

 

いつ手のひらを返されるか、わからない。

あたしは、この世界で生きる術を見つけなくちゃ。

 

学歴や経験や、親のコネ―――そんなもの何一つない。

あたし自身、その身一つ、あたしはこの身体だけで生きて行かなくちゃいけない。

 

 


BACK //  TOP //  NEXT