天上の華 #4 存在意義 グロリア? それこそ、聞いたことのない国名だ。 そもそも、なぜあたしは日本ではない場所に居るんだろう。 あたしと母は東京のアパートの一室にいた。 確かにそこで、死を選んだというのに、どうしてまったく聞き覚えのない国に居るんだろうか。 「もしかして、あたし、売られたんですか?」 うっかり生き残ったあたしは、父の借金のカタに売られてしまったのだろうか。 金貸しも、ずいぶんと手際の良いことだ。 「売られた?つまり、誰かの指示でここに来たということか?」 「指示?いえ、気がついたらあの豪華な部屋にいたので」 「―――ユーキ、君は頭がおかしいのか」 どうして、そんな結論に至ったのかわからないが、男はブツブツとつぶやいている。 演技か? それとも、本当に―――頭がおかしいのか。 あたしに失礼な内容を、あたしに聞こえるようにブツブツとつぶやいている。 「あの……事情がわからないんです。何を訊かれてもかまいません。とにかく、まずは状況を教えてもらえませんか?」 男は何かを言いかけて、口を開いた。 だけど、その口から洩れたのは深いため息だけだった。 「―――そうだね。この様子じゃぁ、話が先に進まない。俺の話はあとだ。まずは、ユーキの話を聞くことにする」 彼はどこからか引っ張ってきた椅子を、鉄格子の前に置くとドカッと腰をおろした。 「君がわかる範囲で、なぜ、王の部屋に居たのか説明してくれ」 話の主導権は、彼にある。 あたしは彼からの説明を諦めて、コクンッと頷いた。 説明はできるだけ、簡略に話した。 あたしの家の事情をこの男に話しても仕方がない。 自殺をしかけて、気がついたら、先ほど目を覚ました部屋に居た―――と簡単な説明を、彼は終始、黙って聞いていた。 話が終わっても、じっとあたしの目を見つめている。 「―――君が嘘をついていないのは、目を見ていればわかる」 「えっ?」 「そういう訓練を俺は、受けているからね」 「訓練?」 「一々、聞き返さなくていいよ」 冷たく言い切られて、あたしは口をつぐんだ。 「この世界に、ニホンなんて国はない。この世界にあるのは、シンシア、ベロニカ、ソーリ、そしてこの、グロリアの4国だけだ。今も、昔も、それは変わらない」 「そんな……あたしは、そんな国は知らない」 「子どもだって知っている常識だ」 生きている世界が違う。 異世界、なんて言葉が頭によぎった。 だけど、漫画や小説の中の出来事のようなことが現実に起こるわけがない。 これは何か、お互いに誤解があるんじゃないか。 何か、見落としていることがあるんじゃないか。 「日本を知らないなら、アメリカは?イギリスは?ドイツは?中国は?フランスは?ブラジルは?韓国は?アフリカは?インドは?イタリアは?ロシアは?」 思いつく限りの国名を次々と上げていった。 オーストラリア、スイス、カナダ、タイ、ネパール、フィンランド、ベトナム、モロッコ、メキシコ、ハワイ、トルコ、エジプト―――… どんなに名前を連ねても、男は表情を一つ崩さずに、あたしを見つめている。 「それはすべて、国の名前なのかい?それとも、村の名前かい?」 あたしは愕然とした。 日本を知らなくても、アメリカも、イギリスも、ドイツも―――何もかも知らないなんてありえない。 それに、あたしはグロリアもソーリも、シンシアも、ベロニカも、どれもそんな国の名前は知らない。 「あたしは今、どこに居るの?」 途方に暮れて、あたしは肩を落とした。 ―――夢なんだろうか。 夢に違いないんじゃないか。 まさか、あたしが、異世界に居るなんて。 そんなものが、この世に存在するなんて。 「君が何に、落ち込んでいるのかわからないけれど、どうやら、行き違いがあったようだね」 行き違い、なんて可愛い言葉ですむ問題じゃない。 けれど、男はあっさりと言い切ると、椅子から立ち上がった。 「どこに行くの!?」 今は一人にされたくなくて、必死で鉄格子をつかんだ。 ガシャンっと思ったよりもずっと大きな音が響いた。 「どこって、報告に行くんだよ。グロリア国王陛下に」 「―――待って」 男は、あたしの言葉に従ったわけじゃない。 ただ、一応、あたしの言葉を聞く気はあるようだ。 「この国には、異世界って概念はあるの?」 「異世界?」 ハンッと鼻で笑われた。 「今、この国は危機的な状況で、救世主を待っているなんてことある?」 「そんなおとぎ話、聞いたこともない」 男は言い切ると、そのまま、去って行った。 あたしは手で顔を覆った。 現実が受け入れられない。 だから、まだ涙すらも出てこない。 ―――お決まりの展開のように、勇者になれとか、そういうことじゃないようだ。 だったら、あたしはなぜ、ここに居るの? |