天上の華

#2 異国の地

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白い、白い、どこまでも、白い。

輝くまでの真珠のような白が、あたしの視界全体に広がっている。

 

「天国……」

呟いた声が、やけに、響いて聞こえてくる。

どこか硬い床のような場所で眠っていたようだ。

背中が、ひどく痛い。

突如、金物がこすれるような音がした。

 

重たい上半身を持ち上げた瞬間、何かがシュンッと風を切る。

身体を起こしたあたしの首元に冷たい何かが、突き付けられていた。

 

死んでもなお、まだ、死ねというの?

 

あたしの喉を突き刺しかけているのが、鋭く尖った剣だと気がついた。

瞼を何度も、開閉してみる。

あたしのぼやけた視界の先には、金髪の男が居る。

 

「おまえは誰だ」

神様は、ずいぶんと、目つきが悪いようだ。

 

いや、これは閻魔様か。

天国に行くにしても、地獄に行くにしてもまずは、審判を受けなくてはいけない。

この男が、その審判を行う者なのだろうか。

 

―――あたしは、地獄に落ちるんだろうな。

あたしは金髪の華美な男を見つめながら、そっと思った。

 

母に殺された―――とはいっても、自殺のようなものだ。

あたし自身、死んでも良いと思ったし、それが一番、良い道だと思ってしまった。

たしか、自殺は人が犯す罪の一つのはずだ。

 

 

死んでも不幸なんて、どこまで行っても、不平等な世の中だ。

 

「聞いているのか? おまえは何者だ」

声に、ずっしりと太い芯が通っている。

腹の底にまで、響くような声で話す男だ。

「西條 有希です」

何者か、なんて知っているくせに。

閻魔様ならば……神様ならば、あたしが何者かなんて聞く必要もないだろうに。

「さ、い……?」

閻魔様の眉間に、しわが寄った。

明らかに、不審そうな顔であたしを見ている。

 

あたしは初めて、周囲を見回した。

 

―――…一体、ここはどこなんだ?

 

あたしの視界に入ってきたのは、何やら、豪華な装飾の部屋だ。

ずっしりと重たそうなカーテンがかかった窓は、昼間であれば日当たりがよさそうな造りになっている。

窓から少し離れた所には、天蓋付きのベッドが置かれて、10人は一緒に寝られそうなほど広い。

今、あたしの喉を突き刺そうとしている剣も、輝きを放っていて、よくよく見れば、鍔の部分には高価そうな細工が施されている。

閻魔様にしては、俗物的な住まいだ。

 

「あの……貴方は閻魔様?」

確認を込めた言葉に、金髪の男はつりあがった目をさらに細めた。

震えあがるほどの威力で、あたしを睨みつけている。

 

「エンマ?それはどこの言葉だ?おまえ、どこの国の間者だ?」

「患者?」

何を言っているんだろう。

もしかして、ここは病院?

 

うっかり助かってしまったんだろうか。

立派すぎる個室に間違えて通されたのかもしれない。

 

「へ、部屋を間違えたのかも……」

 

呟くように言ったら、金髪の男がハッと鼻で笑った。

 

「見え透いた言い訳を……俺を殺そうと来たにしてはずいぶんと、お粗末な奴だな」

 

“俺を殺そうと来た”って?

 

何かが、おかしい。

あたしの認識と現実が、何かが、食い違っている。

 

だけど、その違いがわからない。

 

「待って、ちょっと話を―――」

 

言いかけた言葉は、言い終わることはなかった。

それよりも先に、男が「誰か来い!」と叫んだ。

あたしが、何かを話しかけるよりも先に、部屋にわらわらと剣を持った男たちが踏み込んできた。

 

とっさに、何かを伝えることもできなかった。

何もできず、男たちに取り押さえられて引きずられた。

 

金髪の男の冷たい目が、最後まであたしを見つめていた。

 

 


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