天上の華 #1 最期の選択 [人の生き死に]が、それほどまでに、身近に考えることになるなんて思ってもみなかった。 いつか、人は死ぬってことぐらいわかっている。 それが、明日かも知れないし、もっと先かもしれない。 いつどこで、どんな不慮な事態が起こるかもしれない。 それが運命って奴なのかもしれない。 だけど、それでも、あたしは想像の欠片も持っていなかった。 目の前に、生きるか、死ぬかの選択肢を突き付けられる日が来るなんてことを。 ■ 1話 最期の選択肢 ■ 世の中には、最期まで不幸な人間と、最初から最期まで楽に生きられる人間が居ると思う。 人には平等に、不幸と幸福が来るなんて、それは嘘だ。 だって現実に、あたしの目の前にあるのは、先の見えない不幸ばかり。 あたしは、今、実感してる。 「ごめんね」 あたしの母が、目の前で涙を流している。 何度も何度も頭を下げて、ぽろぽろと涙を流して小さくなっている母の姿に、あたしは茫然としていた。 こうなった要因は、母にあるわけじゃない。 すべては、あの“男”にある。 あたしの父はギャンブルが大好きで、借金を繰り返しては母を困らせていた。 「もう、止めるから」なんて、言葉は何度も聞いた。 困った時は頭を下げるくせに、何度も何度も、繰り返し同じことが起きる。 どこかで、見限ってしまえば良かったのかもしれない。 でも、今となっては、後の祭りだ。 父は、借金をたんまり残して、女を作って逃げた。 言葉にしてしまえば、あっさりと一文で片付いてしまうような結末。 だけど、それを目の当たりにしているあたしたちにとっては残酷な現実だ。 連帯保証人になっていた母に、返済能力はなくて父の残した山のような借金とあたしの養育費と、生活費。 どんなに考えても、もう、どこからも生きる道を見出すことができなかった。 だから、“今”こんなことになっているんだ。 あたしの目の前で、母が泣いている。 母の手には、包丁が握られている。 ―――殺されるんだろうな、ってわかっている。 だけど、あたしは母を止めることができない。 毎回、毎回、泣きながら、父を支えてきた母の姿を見てきた。 必死で、あたしの生活を守る母の姿を見つめてきた。 あたしは知っている。 ここまで来るのに、母がどれほど苦労をして、あたしを育ててきたか。 もし、母の努力でどうにかなることなら、必死であたしを助けようとしてくれることを。 だけど、もう、どうにもならない。 もう、逃げ道はどこにもないんだ。 「―――もう、いいよ」 その一言を待っていたかのように、母が涙ながら微笑んだ。 生きることを諦めたとか、死ぬことを選んだとか、そういうことじゃない。 だけどもう、許してあげたかった。 神経をすり減らしてあたしを守ってきた母を、もう許してあげたかった。 「もう、いいよ」 その一言が、母を救える最期の一言だとあたしは、知っている。 |