―― ゲスト様作品 by くらげ様――

千年の宣誓


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帽子を被り、マントをはおる。

肩にはお供、右手に箒。

 

「ひゃ〜!!」

 朝からご近所迷惑になりそうな悲鳴があがるが、幸いなことに近隣に民家はない。・・・悲鳴があがったその一軒を除いて。

「うわ〜ん!!」

ついでに泣き声とともにアヤシゲな色の煙が家中の窓からボワッと噴出す。

煙の一瞬後に小さなドアが蹴り開けられ、小さな影が二つ転がり出てきた。

しばらくその二つの影は激しくむせていたが、落ち着いたらしい片方の影―――もとは黒いだろう毛並を持った猫が、相方の少女を怒鳴りつけた。

 

 「何回言ったらわかるのさ!!薬草の扱いには細心の注意が必要だって言ってるじゃないか!気軽にポイポイ鍋に放り込めばどうなるかちょっとは考えたらわかるだろ?!」

 

ようやく落ち着いてきたらしい少女が少したどたどしく答える。

「ごほっ、だ、だって早く作らなきゃ、間に合わないし・・・」

「それで失敗したら意味ないだろ!!」

「うぅ〜」

「泣くな!!」

「怒鳴らないでよ〜」

「とにかく今夜が期限なのは変わらない!!それに間に合わなきゃ、今年も集会には出られないんだよ?!」

「わかってるよ!!」

今日は、10月31日。

魔女見習いであるリーファにとっては年に一度の昇格チャンスの日である。

魔女見習いはまだ魔女ではなく、それゆえにハロウィーンの夜に開かれる魔女の集会には参加できない。

年に一度のこの日、課題を発表し認めてもらって初めて魔女を名乗ることを許されるのである。

リーファが課題に取り組むのは今年が初めてではない。

一昨年から課題に挑戦し続け、三度目の正直の今年こそは、と力を入れていた…

最初の年は箒での空中演芸―――途中でバランスを崩して大木に突っ込み、箒は真っ二つになった。

次の年は召喚―――いくら喚んでももとから側にいる黒猫ジャック以外は現われなかった。

そして今年―――リーファが最も苦手とする薬草を使ったオリジナルの魔法を作ることが課題となった。

「あ"〜!!」

「焦げてる焦げてる!」

「痛いって!なんで僕のヒゲを抜こうとするのさ!?」

「い〜や〜!なんかぬるぬるぅ〜」

「ぎゃー!!」

「ごほっ、ぐはっ…」

『しょげゃ〜!!』

「なんか出てきたー!!」

…とても順調とは言えない薬作り。

魔女になる前に公害を撒き散らした罪で犯罪者になりそうだ。

 

「うっうっうっ」

リーファは半泣きになって家中の窓を開けて煙を外に出し、床にブラシをかけ、鍋からでてきたアヤシイ生きものを放り投げた。

ジャックは最初こそ叫んでいたものの、途中から何かを悟ったような遠い目をしている。

さすがに異常事態め立て続けに起こると反応する気力もなくなるらしい。

 

「リーファ…」

「ジャック…」

 

「「どーしよー」」

 

一人と一匹で深いため息をつき、顔を見合わせる。

「ねぇリーファ、そろそろ何を作るのか教えてくれてもいいんじゃない?僕も知恵を貸せるかもしれないし…」

リーファの顔をジャックは伺うように覗き込む。

リーファはしばしの間、ジャックの黄金色の瞳を見つめていたが、ふいに  ばっちーーーん!!

 

「リ、リーファ!?何してるのさ!!」

「う〜思ったより痛い…でも気合いは入ったよ!!」

「気合いのために真っ赤になるまで自分の頬を叩かなくても…」

「さぁやるぞー!!」

「聞いてないし」

 

気合いを入れてからのリーファは今までのダメっぷりが嘘のように…とまでは言わないが、それでも格段に手際良く薬草を煮詰め、練り上げていく。

「えーっとこっちが火炎草で、時火花と混ぜて…」

「七色果実と月の雫、輪廻の木…」

「ヒトミの花に甘露の花、硝子草と星の子をひとかけら…」

 

詩のように名を謳いあげ、楽しげにくるくると動き『魔法』を作り上げる。

その軽やかな魔女見習いのダンスをを黒猫は眩しげに目を細めて見守る。

なぜいきなりうまくいきだしたかはわからないけれど、大切な相棒が楽しそうならば他はたいしたことじゃない、とジャックは安心して指定席であるソファに寝そべった。

 

 

 

 

 ――あぁ、なんと心ない。

――あなたももとは人の子だろうに。

――賢しさゆえに驕ったか。弱き者を嗤うか。

――千年、千年だ。

――あなたが傷つけた者たちの温かさを知り、人の心を取り戻せ。それまでは赤子に等しい無力な姿をとるがよい。年に一度、呪いをとこう。

――千年を孤独に生きるがよい。

――孤独の中で燈を灯すのだ。

 

 

 

 

――うちにくる?わたしもひとりなの。

――そとはさむいけど、いっしょにいるとあったかいよ。

 

 

 

 

「で、できた〜!」というリーファの歓喜の声で、ジャックは目を覚ました。

いつの間にかうたたねをしていたようで、何か懐かしい夢を見ていたようにまだ頭がぼぅっとしている。

「えーっとあとはこれを直前に混ぜて…」

テーブルの上には三本の瓶が置いてあり、それぞれが赤色、青色、そして不思議に輝く琥珀色をしていた。

「リーファお疲れさま。ところで、そろそろお披露目の時間じゃない?」

いつのまにか外は暗くなり始めている。日暮れまであと少ししかないだろう。

日暮れと同時に課題発表は始まり、合格したものだけがその年から集会――パーティに参加できる。それは毎年変わらないのだ。

「もうこんな時間!?早く会場に行かなくちゃ!!ジャックも―――」

「ごめんね、僕は今年も行かないよ。」

すまなそうに、しかしはっきりとジャックは言った。

「僕はまだ正式な使い魔ではないし、この日はあまり外に出たくないんだ」

リーファは何か言いたそうな顔をしたが、ぐっと飲み込んだ。

「わかった。待っててね。」

そう言うと、瓶を袋に押し込み急いで外に飛び出した。

それをジャックは見届ける。

だから、リーファは知らない。ジャックの小さな呟きを。

 

「ごめんね。この日だけは一緒にいられない。」

そして、日が沈み、ジャックは二本の足で立ち上がった。

 

 

会場にて――

リーファが着くともうお披露目は始まっていた。

大勢の魔女たち、そして魔女見習いたち。

そしてお披露目を見にきた魔術師や魔法使いで会場はごった返している。

発表者は一人ずつ壇上に上がり、自分の魔法を披露するのだ。

やや遅れてきたリーファの出番は一番最後になった。

薬を使って空を飛ぶ者、姿を変える者、中には錬金術のように石を金に変える者もいた。

薬だけで竜を召喚するもの、花を咲かせるもの、遠くの声を呼び寄せるもの―――素晴らしい魔法がたくさん披露される。

リーファは自分の番を緊張して待つ。心臓が踊る。目がかすむ。

失敗しないように、緊張を解かないと・・・と思えば思うほどいやおう無しに緊張は高まっていく。

 

「最後、リーファ・リット。」

名前が呼ばれる。壇上に上がる自分の足が自分のものではないように感じる。

手が震える。頭が真っ白になっていく。

3本の瓶を取り出し、混ぜ合わせる。

それがひどく困難なことに感じる。

混ぜ合わせる順番は?量はどのくらい?混ぜた後はどうすれば? どうしたらいいの? こわい。 こわいよ。 だれか―――ジャック―――

 

「リーファ、大丈夫。」

ぱちん  ふっと世界に色が戻る。

自分の手の感触を取り戻す。

どこからか声が聞こえた瞬間なぜかとても安心した。

まだ緊張はしているけれど、もう大丈夫。そんな気がする。

赤色と青色の瓶の中身を大きなガラスの器に入れる。

2つの液体は触れ合った瞬間、美しい七色に輝き始めた。

最後にそぉっと慎重に琥珀色の液体を注ぎ、輝きが強まったところで後ろに飛び退いた。

とんっ  妙に軽い音を立てて器の中身が高く高く飛んだ。

周りにいた魔女たちは身を引いて上を見上げる。

 

次の瞬間、   ぱぁぁぁぁ――――――ん!!

 

空に、花が咲いた。

月しか見えない夜の空を美しい七色の花が彩る。

一瞬にして花は散り、そしてまた新しい花が生まれる。

散った花の花びらは、地上に届き、鬼火のように淡い色の火の玉になってくるくると踊り消えてゆく。

すべての花が消えるまでのわずかな時間、あたりは歓声に包まれた。

そして、最後の花が消える。

 

 

審判のとき。

 

審査員の1人であるやや怖い顔の魔女が立ち上がり、腕を組む。

「魔女にしては派手だねえ。」

ひやっとする。 しかし、魔女は続けてこう言った。

 

「まぁ今日はお祭り騒ぎの日さ。最後の火の玉は面白かったし―――合格!!」

 

リーファは走った。

もう魔女だから、箒にも乗れるけれど。 そんなことも忘れて、家に急ぐ。

 

家が見えた。 でも、明かりはついていない。

毎年この日は不合格の魔女見習いは不合格同士で反省会を開くので帰れない。

ジャックを一人残していくのが嫌で、いつも一緒に行こうと誘うのに、ジャックはいつも「僕は使い魔じゃないから。」と家に残るのだ。

ならば、はやく一人前の魔女になり、ジャックに使い魔になってもらって一緒に集会にいく。

それだけが今のリーファの望みだった。

だって、一人は寂しいのだ。自分は寂しかった。

だから、ジャックが傍にいてくれるようになって、どれだけ救われたことか―――

 

「ジャック!!合格したよ!!」

家に飛び込み相棒の姿を探す。返事はなかった。

小さな家で、隠れるところなんてほとんどない。 それなのに、姿が見えない。

 

「ジャック?どこ?」

おかしい。待っててって言ったのに。どこにいるの?!

 

家中を探し回り、耐え切れなくなって外に飛び出す。

もしかしたら、お披露目を見に来たのかもしれない。

そして、合格したのがわかって、先に集会に行っているのかもしれない。

あるわけないとわかっていても、少しの希望に縋って走り出す。

月がもう真上に上がっている。

 

 

 

 

「そっちは駄目だよ。魔物の森だ。君の家はこっちだろう。」 

小さな迷子に道を示し、もといたところに返す。

千年の自分の罰。この日だけの役目。

この日は世界の境界が混じり合う。誤って違う世界に迷い込んできた者をもといた世界に帰すのだ。

今年でもう、何年目だろう。あと何年続くのか。

 

普段は猫の姿をしているが、この日この時だけは昔の姿に戻る。

こんな姿はできれば見せたくない。

そう、今は傍にいない小さかった魔女の卵を思い出しながら思う。

彼女と会って5年がたった。

毎年この日は彼女は家にいないから誤魔化せるけれど、今年こそは合格するだろう。

そして自分を集会に連れて行こうとするだろう。

 

できれば傍にいたい。

けれど、今日だけはそれができないのだ。

 

合格し、集会に参加できない理由がなくなっても行かない不自然さから、いつか彼女は自分の正体に気づくかもしれない。

そうして離れていくかもしれないことが怖い。

3年間、彼女の合格を祈りつつも、どこかで「もう1年――」と先延ばしにしようとしていた。

 

けれど、今年のお披露目のとき、壇上で一人震える彼女を見て、ついに声をかけてしまった。

自分の声で落ち着きを取り戻した彼女を見て、自分の浅ましさを知り、合否を聞く前に会場を出て、役目を始めてしまった。

 

―――彼女は、もう集会に参加しているだろうか。

あんなに一生懸命頑張ったのだ。

大喜びで踊っているに違いない。

そうして、彼は、また次の迷い人に声をかける。

 

 

 

 

集会の会場は鬼火で明るく照らされており、魔女たちの楽しげな笑い声や歌声で溢れかえっていた。

魔女特製のおいしいスープや珍しい薬草酒、パイなどのお菓子も振舞われ、集会というよりはまさに宴会やパーティといったほうがふさわしい。

みんな楽しげに踊ったり、楽器を演奏したり、話しながら笑っている。

その中を不釣合いに必死の顔をした小さな魔女があたりを見回しながら駆け抜ける。

会場を過ぎ、丘をこえ、ジャックと行ったことのある場所を次々に探し回る。

 

「ジャックー!!」

あれほど望んだ集会も、美しい空の月にも見向きもせずに、ただただ今はいない相方を探して―――そうしてリーファは森に入った。

 

 

 

 

―――どこかで、自分を呼ぶ声が聞こえた気がした。

 

「気のせいか。」

 今自分を待つものなどいないのだから。

 

「・・・・―――!!」

やはり聞こえる。しかも、この声は。

急いで声が聞こえる方に走り出す。

この森は境界が混じり合っている。

もし、境界を完全に越えてしまったら、戻るのはかなり難しいのだ。

そして森の中を全力疾走している魔女を見つける。

「止まって!!」

「っ!?」

いきなり目の前に現れた少年に驚き、止まろうとしたが勢いをころせず転びそうになる。

「うわっ」

「ひゃっ」

間一髪なんとか抱きとめてから、体制を立て直し、少年は魔女に話しかける。

「今日は森に入っては駄目だ。君は魔女だろう?集会はどうしたの?」

魔女は始めはただ驚いていただけだったが、その言葉に我に返ると

 

「猫!!猫を見なかった!?黒くてつやつやの毛並で、綺麗な黄金色の目の猫なの!!」

と少年に掴み掛からんばかりに聞いた。

 

―――猫?

「ジャック・・・。どこに行ったんだろう。やっぱり連れて行けばよかった・・・」

 

―――僕を探してるの?

 

「魔女さん。集会には行かなくていいの?」

「一人で集会へ行っても意味なんてないのに。一緒にいたいから、頑張れたのに・・・」

 

―――僕と一緒に?

 

「ねぇ、猫を見なかった?わたしの大切な家族なの!」

 

―――傍にいてもいいの?

 

「猫ならすぐに見つかるよ」

 

「ジャックを知っているの!?あなたと同じ綺麗で優しい目をした猫なの!!」

 

―――優しくなんかない。悪さのし過ぎでずっと一人で、罰を受けて、千年を一人で―――

 

「ジャックがどこにいるか、教えてよ!!一人は寂しいから、傍にいたいの!!いて欲しいの!!」

 

―――寂しかった。

 

「リーファ」

「・・・ジャック?」

「ごめんね」

「ジャック?どうして?」

「僕はね、毎年この日の夜は、この森をでられないんだ。」

「ジャック・・・どうして・・・」

「僕はね、本当は猫ではないんだよ。ずっと昔、罪を犯したせいで、罰を受けている。」

 

「ねぇ、リーファ。僕は君と出会えて初めて一人じゃなかったんだ。これまで長い長い時を一人で過ごして、時間の感覚なんてとおに狂ってしまったけれど、君と過ごした時間は不思議と穏やかでゆったりとして、すごく早く感じた。」 「・・・ジャック」 「だからね、これからも本当は傍にいたかった―――」

幸せそうにジャックは微笑む。まるで終わりのように。

「傍にいてよ!!」

「リーファ、僕は一緒に集会には出られない。あんなに魔女の仲間入りを望んでたじゃないか。もう、一人じゃないよ。そして、これは、僕の罰。」

 

リーファは何度も首を振ってジャックの手をとった。

「傍にいてよ!家族でしょ!?家族は一緒にいるものだよ!!罰なら私も受けるから!!許されるその日まで、私も一緒に償うから!!」

「リーファ・・・」

「寂しいよ!!私は寂しい!!ジャックはずっと一人で寂しくないの!?」

「寂しいよ―――千年。千年だよ?猫でなくなってもひとりぼっちは変わらない。昔のままなら『寂しい』なんて知らなかった。でも君と一緒にいて、温かさを知って、自分が寂しかったってことを知った。そしてこれこそが罰なんだよ。千年という気の狂うような永い時をこれからも僕は過ごさなければならないんだ。」

「ジャックが傍にいてくれないのなら、私がジャックの傍にいる!!」

リーファは魔女としての最初の宣誓をジャックに叩きつけた。

魔女の言葉には力が宿る。魔女はけして嘘をつかず、自分を偽らない。

魔女の宣誓は魔女にとっては絶対だ。

「リ、リーファ!?」

「なんか文句あるの!?私がいたいからいるの!!ジャックの罰なんか関係ない!!」

「リーファ〜」

一気に脱力して、ジャックは地面にしゃがみこむ。

真面目に自分なりに決心して別れを告げようとしたのに、子供の我儘のように宣誓で傍にいることを誓ってしまった幼い魔女。

彼女には、まだ自分が必要だという。

確かに万事この調子では先が思いやられる。もう少し、このままでもいいような気がしてきた。

魔女の寿命は長いのだ。

もう少し、もう少しだけ、一緒にいたい。

 

彼女となら、千年なんて、あっけないほどあっという間だろう。




くらげ様の小説です。【読者様からの応募受付】企画で頂きました☆
ハロウィン好きの魚沢はもうわくわくしながら、楽しんで読ませていただきました。
ありがとうございます。魚沢

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