天上の華

#6 答えをくれる存在

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ジェインとライラックは、不思議なほどに無口な侍女だった。

何かを頼んでも、「はい」と短い返事が一つ。

問いかける言葉には、返事はない。

双子以外訪ねてくることのない部屋で、あたしはずっと孤独を感じていた。

 

「外に、出てもいい?」

 

我慢しきれなくて、外を指差したのは、この部屋で過ごして3日目の朝だった。

着る物も食べ物も、すべて用意されているけれど、この部屋は居心地が悪い。

窮屈な空間に耐え切れずに、訴えた言葉に、ジェインとライラックは顔を見合わせて、首を横に振った。

 

許可されなかったのかと、肩を落としていたら、昼過ぎになって昼食を運んできた双子が声をそろえて言った。

 

「午後は、庭へご案内します」

 

聞き間違えかと、慌てて双子を見たけれど、あっさりと視線をそらされてしまった。

それでも、昼食を食べ終わると、双子の片割れがあたしに上着代わりのショールを差し出してきた。

あたしが肩にかけるのを見て、双子が先だって歩き始めた。

従いてこい、という意味だと解釈して、あたしは双子のあとを追った。

 

城の廊下を抜けて、庭に出ると、空は曇っていた。

朝は、確かに陽の光が部屋に差し込んでいたのに、今はどんより曇り空が広がっている。

庭の入口で、双子が足を止めた。

「どうぞ」

一言だけあたしに言うと、彼女たちは中に入らず、その場に立ち尽くした。

要は、勝手にしろということだろう。

そう解釈するしかなく、一人で庭に足を踏み入れた。

 

そこは、王の所有物にふさわしい美しい庭だった。

 

グロリア国、王城。

―――グロリアという国の、王が住む城。

 

たった一つ、あたしがこの世界で持つ知識だ。

 

もしかしたら―――いや、きっと、初めてこの世界に来た日に出会った金髪の男が、王なのだと思う。

人には、器というものがあるならば、あたしはあの金髪のことを何も知らないけれど、王に相応しい器なのではないかと思う。

見るからに、あたしのような存在とは、オーラが違った。

 

「―――あんたは……」

 

不意に声が聞こえてきて、あたしはパッと顔を上げた。

うつむいて、草ばかり見ていたあたしの目の前に、いつのまにか、人が立っていた。

見上げた先には、騎士のような格好をした赤茶けた髪の男がいた。

 

「あんた、侵入者か?」

 

目を何度も、しばたいた。

 

侵入者?

 

「ち、違います!」

とっさに反論したけれど、侵入者ではあった、ではないかと思いなおす。

 

今は城に住んでいるにしても―――

 

「違うのか?数日前に突如、王の部屋に現れた女じゃないのか?」

「―――それは、あたしです」

 

やはり、そういう意味で聞いていたのか。

あたしは肩を落として、頷いた。

 

「ふーん、あんたがね」

 

男の視線はあたしの頭から、つま先までゆっくりと流れている。

 

「ここで何してんだ?」

「えっ、あっ、その……散歩です」

「散歩?!」

 

男の顔が険しくなる。

 

「一人で、か?」

「外にジェインとライラックが……」

 

庭園の入り口を指差すと、男は納得をしたように頷いた。

 

「俺の名前は、ヴィレル。近衛一番隊、隊長だ」

「近衛……って王様の警護をしているってこと?」

 

あたしの知識では、身分を名乗られても、その人物がこの国でどれほど有力な人間なのかわからない。

ヴィレルはあたしが、この世界の生まれではないことを知らないようで、目を細めて見下ろしていた。

 

「王の一番近くに位置する、それが近衛一番隊だ」

「そうなの」

 

この世界に来て、あたしは初めて、あたしの質問に答えてくれる人を見つけた。

驚きとともに、嬉しさが込み上げてくる。

ちょうど、その時、庭と城を挟んで反対側から鐘の音が鳴り響いた。

 

あたしの視線の先に、二本の塔が見える。

片方の塔のてっぺんには、大きな鐘がくくりつけられて、ちょうど右へ左へと揺れていた。

 

「そろそろ時間か」

 

ヴィレルはあっさりと、あたしから去っていこうとする。

とっさに、あたしはヴィレルの服をつかんだ。

彼が目を見開いて、あたしを振り返った。

 

「―――なんだ?」

「ま、また、会える?」

 

不思議とヴィレルは、すぐには答えなかった。

じっと、あたしを見つめて、うんともすんとも、言わない。

 

「あの……ヴィレル?」

 

促したあたしに、ヴィレルが手を伸ばしてきた。

 

「それは、計算か?」

 

問いかけられた言葉の意味がわからなかった。

 

「―――それも一挙か」

 

ヴィレルはなにやら、自分一人で納得して、ククッと喉を鳴らして笑った。

 

「息抜きに、ここに来ることがある。明日からも、またここに来るならば、いつかまた、会うこともあるんじゃないか」

 

軽い口調で言うと、彼はあたしの手を服から振り払った。

彼の背中を見送りながら、あたしは唇をかんだ。

 

 


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