天上の華

#11 あたしの価値

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「そこに居るのは、ユーキか」

 

不意に声をかけられた。

ハッとして顔を上げてみれば、今、城のどのあたりに居るのかもわからなくなっていた。

 

「何をきょろきょろしているんだ」

 

馬鹿にしたような嘆息まじりの声に、あたしはゆっくりと振り返った。

 

「ガイエンさんと……国王陛下」

あたしの背後には、ガイエンと国王が立っていた。

 

「あっ、こんにちは……」

 

挨拶の言葉を口にしてみたけれど、二人は眉をひそめるだけで、返事をしてはくれなかった。

 

「ガイエン、先に戻っていろ」

 

 

―――なに、なんで!?

 

国王が、なぜか、ガイエンに短く告げると、つかつかと近づいてきた。

 

あたしの背筋に、悪寒が走る。

あたしの脳裏に庭での出来事が、浮かんできた。

知らず知らずのうちに、あたしの視線は、国王の腰元。

飾り付けられた立派な剣を見てしまう。

 

「―――ここに残ることにしたそうだな」

 

心臓に悪い、深い声が、あたしに伝わってきた。

「えっ、あっ、はい。あの……ありがとうございます」

国王の眉がぴくりと、動いた。

「なぜ、礼を言うんだ?」

「えっ、だって……城に残ることを許してくれたから」

「ふっ」

吹き出すような声に、あたしが顔を上げると、国王は突如、声を上げて笑いだした。

 

「おまえは、ずいぶんと平和な国に育ったのだな」

「えっ?どういう……」

「まっすぐな態度と視線は、天性のものか」

 

目を伏せた国王の表情は、どこかさみしげに見える。

 

「国王陛下……?」

「ルークだ」

「る、」

「ルーク・フレデリック・グロリア」

 

長い横文字を、さらりと口にされて、あたしはポカンッと口を開けた。

 

「ルークと呼ぶことを許してやる」

「ルーク様?」

「いや、ルークで良い」

 

えっ、それって本当に良いこと?

 

一国の王の名をあたしが、呼び捨てにして良いのだろうか。

 

「おまえは、この世界の人間ではないと主張しているのだろう」

あたしは一つ、頷く。

 

「ならば、俺に礼儀を取る必要はないだろう。俺は、この世界のグロリアの王だ。おまえの世界の王ではない」

 

きっぱりと、言いきったことに、頷きそうになる引力を彼から感じる。

 

「敬語も必要はない。おまえは、この国の人間ではないのだから」

 

 

―――あっ。

ズキンッと胸が痛んだ。

 

あたしと、彼の間に、一線を引かれた。

 

この世界すら、あたしの居場所でないというならば、あたしの居場所はいったい、どこにあるというの?

 

 

どこに行けばいいの?

どこに帰れば、いいの?

 

「ユーキ?」

「私の言葉を信じてくれたの?」

「おまえの言葉?」

「あたしが異世界の人間だってこと……」

 

ルークはまっすぐに、あたしを見つめている。

その瞳は、嘘いつわりを映さない。

 

「―――異世界か」

 

呟くような言葉は、冷笑とともに響いた。

 

「俺が、おまえを城に置く理由はわかるか」

「―――ライラックが、ルークの優しさだって言ってた」

「俺の?」

 

ははっ、と笑っているルークの目は、決して緩んではいない。

突き刺さるような視線が、あたしをとらえている。

 

「俺は、おまえを信じていない」

 

わかっていたことなのに、心のどこかに隙間があった。

その隙を突かれて、不意に投げられた言葉は、予想以上にあたし自身を傷つけた。

 

「国王として、おまえを信じることはない」

 

尤も、だ。

尤もな言葉なのに、心が痛い。

 

「城を出ていかれて、城下で問題を起こしても困る。城の中で、監視の目の中に置いておけるならば、それも良い」

 

グッと唇を噛んだ。

 

 

当たり前のことでしょう?

 

あたしだって、突然「異世界から来ました。怪しいものじゃありません」と言われたって信じることはできない。

 

それが一国の王ならば、尚更―――…

 

「俺は、優しい人間じゃない」

 

ルークは口元は笑いながら、目であたしを突き刺していた。

ドクンドクンッと心臓が音を立てている。

 

「でも、あたしは」

 

言葉を口にするには、ひりひりと喉が渇ききっていた。

妙に焦るような感情は、なんだろう。

まるで、何かに追われているような焦燥感が込み上げてくる。

 

「ルークは、優しい人だと思う」

 

ルークの眉間にしわが寄った。

何を戯言を、と目があたしを蔑んでいる。

 

「だって、あたしに選択権をくれた」

 

 

―――あたしは、城を出ていくか城に残るか選ぶことができた。

 

城に残ったのは、あたしの選択だ。

 

「信じてもらえるはずがないってわかってる。だから、監視され続けるのは仕方がないと思う。あたしも、それを利用するんだから」

「利用?」

「ルークが信じようが、信じまいが、あたしは別の世界から来た。この世界のことを何も知らないあたしが城を放り出されても、生きていけるはずがない。だから、監視されたとしても、あたしは城に残る」

「―――そうか」

ルークが今度こそ、笑みを見せた。

 

「面白い女だ」

 

面白い、わけじゃない。

ただ、必死なだけ。

一度、選ばされた死を、もう一度、改めて選ぶことが怖いだけ。

生きていくためには、あたしには多くの術は残っていない。

今はもう、残り僅かな蜘蛛の糸を上手に紡ぐことを考えるだけだ。

 

「せいぜい、好きに生きてみろ」

 

この世界に縁のないあたしは、身一つ。

信じられるものも、勝負できるものも、?あたし?という個人だけ。

あたしは、探さなくちゃいけない。

この世界で、あたしという人間を生かすために手段を。

 

 


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